ジャカルタで2人の使用人を雇う事になったぼくを待っていたのは、 戸惑いと苛立ちに満ち満ちたまさに 「格闘」 ともいうべき日々だった。
食器や寝具なども揃い、 新生活をスタートさせたはいいが、 それからが大変だった。 生活習慣の違いや言葉の壁からくる行き違いは数え切れないほど。
それに伴う精神的苦痛はインド洋よりも深く、 ぼくはため息をつくしかなかった。 例えば、 学校へ出勤する初日、 お手伝いさんにお弁当をお願いした。 まあ、 サンドイッチくらいは出てくるだろうと思い、 詳しい指示も出さずにいた。 ところが、 朝になって玄関に行くと、 扉の横の棚には普通のお皿に昨夜の残りのスパゲッティナポリタンが盛られ、 ラップがかけて置いてある。 「むむっ?」 しばらくの沈黙の後、 ぼくは理解した。 これを学校まで抱えていけということか! 朝の忙しい時間、 お手伝いさんに 「正しいお弁当のあり方」 について説明している暇はない。 その皿を左手に、 右手には鞄を持って学校まで行ったのは言うまでもない。 外国人の同僚たちは皿を抱えて教員室に入って行ったぼくを無言のまま見つめていた。 こいつは何を考えているのだろう、 と思ったに違いない。 一番の問題だったのは、 女中さんが居つかないことだった。 すぐに辞めてしまうのだ。 そんな話をすると、 他人は疑惑の目でぼくを見る。 「何か悪いことでもしているのではないか?」 とんでもない、 ぼくはただ平和で快適な日々が欲しいだけ。 お手伝いさんの最短勤務記録は推定10時間。 ある日の午後に働き始めたそのお手伝いさんは、 次の日起きたらもういなかった。 朝食のため、 ご自慢のダイニングに下りて行ったぼくを待ち構えていたのは、 庭師兼警備員の男。 いや〜な予感がして言葉を発するのを躊躇していると、 彼は 「お手伝いさんは、 夜遅く出て行きました」 と告げた。 頭を掻き毟らんばかりに絶望の色を見せるぼくに、 「知り合いを連れてきましょう」 と言った。 その時は、 もう誰でもよかった。 それまでに数人のお手伝いさんが辞めていたし、 自分で探すことにも疲れていた。 警備員の連れてきたお手伝いさんは、 まあ何とか数週間務めてくれた。 しばらくして、 ぼくは数日間の小旅行に出た。 帰ってくると迎えてくれたのは、 あの警備員の男だけ。 またもや 「むむっ?」 だ。 お手伝いさんは、 買い物に行くと言って出て行ったまま、 帰らなかったという。 そして、 自分の部屋に戻ってみると、 案の定引き出しに入れてあった米200ドルがなくなっていた。 実は、 旅行に行く前にきちんと銀行に預けようと思っていたのが、 ついつい忘れてしまったのだ。 その警備員に 「君が連れてきたんだから、 居場所はわからないのか?」 と力なく言うと、 「わかりました、 探してみます」 と言って彼は出て行った。 ぼくは、 その男を信用しきっていた。 何と責任感の強い男だろうか、 などと思ったのだ。 しかし、 これから大どんでん返しが起こる。 全ての問題の根源はこの警備員の男だったのだ。 小回りが利いて、 よく気が付くこの男をぼくは重宝していた。 英語が少しできたこともあり、 色々と任せていた。 しかし、 スマトラ島出身の彼は違う地域出身の人間と一緒に働くことが嫌で、 お手伝いさんに悪さをしていたのだ。 種族のアイデンティティが強いインドネシアではよくあることだ。 それがわかったのは、 かつて辞めて行ったお手伝いさんたちが、 ぼくの勤める学校の担当者にそう訴えたことからだった。 200ドルを持って消えたお手伝いさんは、 もちろん見つからず。 警備員は彼女の田舎まで探しに行く、 と言って出て行ったままこちらも帰らなかった。 今から考えると、 あの200ドルは二人で山分けしたに違いない。 彼がいなくなった後、 町内会費はいきなり値下がりしていた。 不思議に思って尋ねると、 金額はずっとそのままだという。 水増し請求をしていたのだ。 時既に遅し。 ぼくは数ヶ月間、 周りの人々に 「お手伝いさんはうまくいきませんが、 警備員の彼がしっかりしてくれていますから」 などと言い続けていた。 お恥ずかしい限りである。 その後、 人事を一新してしばらくは落ち着いた生活が続いたが、 事はそれで終わらなかった。 人生は甘くないのである。 これからぼくのジャカルタ生活で最悪ともいえる大事件が起こるのだ。 (続く) |
NPO法人 堺国際交流協会 |
錦西校区自冶連合協議会 (小山俊夫会長) が主催する 「桜まつり」 が、 4月2日、 錦西コミュニティーセンターで開催された。 地域の親睦を深めることを目的にした、 このまつりは毎年の恒例行事になっている。 地域の方々のよるフリーマーケットが多く出店され、 子ども服、 日用品などお買い得商品が並んだ。 また、 校区女性団体有志が 「錦西茶屋」 を開店。 熱々の豚汁や、 ぜんざい、 おにぎり、 きなこ・あべかわもち、 ホットコーヒーなど手作り料理も飛ぶように売れ ていた。 錦西グラウンドワーク実行委員会により、 花と緑の広場で咲いた花鉢、 花の苗が来場者にプレゼントされた。 =写真= 当日は小雨の中、 多数の家族ずれなどが参加、 春の休日を満喫した。 |
「堺・泉州」 と並び、 人物の紹介を中心とする郷土雑誌 「堺人」 (堺泉州出版会発行、 桧本多加三編集人) の第3号が発売された。 おもな内容として 「堺の医家、 医師と半井家」 「武野紹鴎450回忌」 などが掲載されている。 市内各書店で発売中。 定価1、365円 (税込)。 |
茶道講座 (全12回) わんぱくクラブ (全10回) オセロ大会 |
5月25日(木)(毎月25日・天神さんの日) 10時〜16時 |
ケガや病気で入院した時に保険会社より受取ることのできる入院給付金のある生命保険契約が注目されている。 |
税理士 大西 正芳 |