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堺市教育委員会

外国にルーツがある児童生徒への
日本語指導体制づくり

みんながのびのびと過ごせる居場所作りを

日本語指導を進める堺市
日本語指導を進める堺市

 近年ますます国際化が進む堺市では、帰国・来日して間もない日本語がわからない外国人児童生徒の増加及び多言語化に対応するため、日本語指導体制の見直しを進めている。現在堺市では、日本語指導を必要とする児童生徒の数は350人に上る。これは昨年同時期に315人であったのに対して約10%増加している。出入国管理法の改正により外国人が増加するとの見方もあり、今後、これに伴う外国人児童生徒数もさらに増加すると考えられる。
 今年度から新たに見直された日本語指導体制は、以下の4つに分類された。内容は、①帰国・来日生徒等寄り添い指導員による支援、②日本語指導センター校による支援、③日本語学習支援指導員による支援、④携帯型翻訳機導入による多言語対応。①②の対象者は、帰国・来日して間もない等生活言語能力の育成を目標とする児童生徒、③の対象者は、一定の生活言語能力を習得した児童生徒であり、段階的な支援となっている。課題は、日本語指導員(外部人材派遣)86人のうち、①の帰国・来日して間もない等で日本語が全くわからない児童生徒へ寄り添う支援を行う指導員の確保である。①の指導員の登録状況は、9月現在で、中国語が30人、英語が19人、その他の言語を合わせて74人。英語に関しては需要を上回る一方で、児童生徒の多言語化が進む中、指導員の派遣が難しい状況もある。堺市教育委員会では、大阪市教育委員会や堺市国際交流プラザと連携を取り、指導員派遣に努めているが、ベトナム語やタガログ語、スペイン語、アラビア語に関しては、不足しているとみられる。また、④の携帯型翻訳機については、現在堺市内の必要と考えられる学校に設置されており、堺市教育委員会では貸出も行われている。
 今回の見直しがされるまで、①の寄り添い指導員が、その後に日本語指導も行っていた。寄り添い指導員は、その児童生徒の母語を基本に指導するため、十分な日本語の習得には至らないケースが多い。このため、早期に正しい日本語指導を行うことを目的として指導体制が見直された。堺市教育委員会事務局学校教育部人権教育課の担当者は「今年度から、日本語指導センター校を設置し、日本語指導のスキルを持つ教員が、週に2~3回程度の指導を行っている。ここでは、帰国・来日して間もない児童生徒が、日本語を学ぶという同じ目標を持って共に頑張っており、教員は各々の日本語能力に合わせて指導形態を変えるなど工夫を行っている。在籍校とは違う一面を見せる児童生徒も多くおり、仲間とともに日本語を習得する大切な居場所となっている。その一方で、在籍校でも、多文化理解を双方に進めながら、全ての人が共生できる社会を目指して教育活動を進めている。堺に住む全ての外国人児童生徒が在籍校で、それぞれの能力を発揮し、のびのびと勉強できる居場所を作ることができれば」と語る。

ベトナムの伝統舞踊が披露された

社説

安全保障に政治生命をかけた安倍首相

元海上自衛隊呉地方総監
金沢工業大学虎ノ門大学院 教授

伊 藤 俊 幸

 七年八か月続いた安倍政権が終わりました。突然の辞任でしたが、安全保障に関して、戦後誰もなしえなかった多くの政策を実現された首相でした。
 第一は、「国家安全保障局」の設置と「国家安全保障戦略」の策定です。以前から四大臣会合など安全保障会議そのものはありましたが、これを支え、政策を立案する事務局が内閣官房にはなかったのです。
 また防衛大綱など、防衛面については方向性を示す文書はありましたが、これを包含する国家レベルの安全保障戦略はありませんでした。そもそも戦後の日本で、「戦略」という言葉が付された安保に関する文書自体初めてのことでした。
 これにより、国家レベルから防衛・外務の役所レベルまで一気通貫の政策が策定できるようになったのです。
 第二は「秘密保護法」です。「知る権利が奪われる」として野党やマスコミが大反対する中策定されました。そもそもこの法律は、役所間でバラバラだった秘密の管理を統一するための法律で、国民生活には全く影響しません。
 当時防衛省だけは欧米基準の秘密管理をしていましたが、外務・警察も含め、他の役所にはなかったのです。国家安全保障局を作るにあたり、これが統一されていないと、米軍からの軍事情報は配布できなかったのです。
 第三は「平和安全法制」です。「戦争できる国にするな」との大合唱が国会を取り巻く中、安倍総理は自ら体をはって国会答弁をされました。これは平時と有事のはざま、いわゆる「グレーゾーン事態」の法律です。
 平時において他国艦艇との訓練中、もしテロリストから攻撃された場合、自衛隊は対応行動をとってはいけなかったのです。筆者は潜水艦艦長当時「もし何か起きたら一緒に反撃し、寄港後従容として裁きをうけよう」と思いながら合同訓練に参加していました。
 国際常識と国内法のはざまに置かれている自衛艦の指揮官に対し、一部ではありますが政治が責任をとることを明確にした法律だったのです。
 呉地方総監などの「防衛大臣直轄部隊の長」が官邸で赴任前後に総理挨拶ができるようになったのも、安倍首相からです。安全保障に政治生命をかけて取り組んでこられた首相だったのです。