堺の今むかし巡り ⑷「土居川の変遷とアナゴ屋筋」一心堂書店(湊駅前) 鎌苅一身 |
昭和50年頃から土居川は悪臭が漂い泥川の状態であった。ひと昔前は水もきれいで、泳げるほどでもあったと言われている。長い年月をかけて整備工事が行われ、地域の努力もあり現在のように浄化された。 その後、近年「ボラ」の大群が押し寄せ、白サギも時々見かけるようにもなった。現状の撮影時も多くのボラが泳いでおり、40~50㎝の魚も見かけるようにもなった。環濠の「ウチ・ソト」では住民の微妙な居住意識の差を感じる時もあった。北の内川と南の土居川付近の南北関係とでは、環濠の「ウチ・ソト」も含めて行政の対応に歴史的な差異があるのではないかと思う時がある。 阪堺線を中心軸として南北を含めた面的発展を考えねばならないと感じる。 鷺橋の南側出島町一帯については、メディアからなぜか何度も、いわゆるアナゴ屋筋の取材要請があり、当時の写真資料等も少なくその対応が難しい。 現在ではアナゴ加工店は地元で2軒しかないが、昭和30~40年代にかけては筆者の調査ではのべ12軒ほどあった。今年1軒が閉店されて残念である。またアナゴ屋筋のふとん太鼓も存在した。 陶芸家・書家で料亭も経営していた美食家でもある北大路魯山人は、「アナゴの美味しいのは、堺近海が有名で焼くのにはよい」と述べている。メディアの興味の背景の一つであろう。 また今、地元の松井泉アナゴ店は、堺の名物とすべく「堺アナゴプロジェクト」を広く展開している。 何年か前には、出島漁港でたまたまとれたアナゴを湊駅前の飲食店が提供し新聞記事にもなった。 おりしも、大リーガーの大谷翔平選手はアナゴが大好きと報じられた(週刊文春10月13日号)。 ロサンジェルスの寿司店が対馬産のアナゴを豊洲市場から仕入れ、「ガンバレ大谷丼」として多彩な弁当などを大谷選手に届け、大変喜ばれているようだ。 言うまでもなく、スポーツ選手には食生活が大切、彼の活躍の原動力になっていると思われる。さらなる飛躍を「アナゴ屋筋」から祈る。 |
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救急要請の注意点 |
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税理士 大西 正芳 |