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堺駅~堺東駅間を自動運転バスが走る 堺市では、2040年頃の堺都心部の将来像を示した「堺都心未来創造ビジョン」(令和5年5月策定)に基づき、人・地域・情報・サービスなどの〝魅力を結ぶ〟取り組みの一環として、「SMI(堺・モビリティ・イノベーション)プロジェクト」を推進している。
SMIプロジェクトでは、堺都心部の拠点である堺駅・堺東駅を結ぶ大小路筋において、自動運転等の新技術を活用・導入した車両に加え、停留所における待合・休憩スペースの設置、次世代モビリティとの結節、情報発信の強化といった利用環境の向上を図る「SMI都心ライン」の取り組みが進められている。
全国的に、運転士不足によるバスの減便や廃止が発生しているが、堺駅・堺東駅間で高頻度運行を行う堺シャトルバスにおいても例外ではない。
SMI都心ラインは、こうした課題に対して、自動運転等の新技術の活用や利用環境の向上を通じて、公共交通の利便性や快適性の向上を図り、すべての人が移動しやすい環境を構築しようとするものである。
今年度は、堺駅~堺東駅間の約1.7㎞区間において自動運転車両の走行実験を実施しており、信号との連携や走行空間の確保、遠隔監視、正着などの実証実験を令和7年2月まで行う予定である。
堺市では、これらの実証実験を積み重ね、令和9年度には一部区間での無人自動運転(レベル4)による運行を開始し、令和12年度頃には全区間でのレベル4運行を目標とする。これにより、高頻度な運行サービスの維持・向上や、自動運転による省人化の効果を他路線にも波及させ、地域公共交通の維持・確保につなげることをめざしているほか、高齢者や障がいのある方も安心して利用できる便利・快適なバリアフリーな移動環境の構築をめざす。
自動運転タクシーサービスの実現に向けた連携協定締結式が行われた 堺市では、地域公共交通の一翼を担うタクシーにおいて、運転士不足が発生している。
このような課題に対応するため、9月30日、堺市に営業所を構える newmo株式会社、堺相互タクシー株式会社、株式会社未来都の3社と堺市は、タクシー運転士等の担い手不足への対応を図り、市民の社会生活や地域経済活動に不可欠な地域公共交通の維持・確保を目的として、自動運転タクシーサービスの実現に向けた連携協定を締結した。
協定締結式において、永藤市長は「地域公共交通の維持・確保は喫緊の課題であり、自動運転タクシーの取り組みを堺で実施できることは大変意義深い。『ものの始まりなんでも堺』と称された堺で、皆様と連携し、大阪府内で初となる取り組みを進めていきたい。」と述べた。
また、各社代表からは、「自動運転タクシーは大きな可能性を持っている、堺から実現をめざす」(newmo・青柳社長)、「持続可能な公共交通の提供に向け挑戦する」(堺相互タクシー・小山社長)、「関係者と連携し導入に取り組む」(未来都・宮崎副社長)とそれぞれコメントがあった。
連携協定の締結により、今後、堺市と各社は自動運転タクシーの実現に向けた実証実験や関係機関との体制構築などに取り組む。
12日㈬10時 堺都心部活性化調査特別委員会
13日㈭10時 議会力向上会議
25日㈫10時 議会運営委員会
27日㈭13時 本会議
28日㈮10時 議会運営委員会
議事の都合により日程などが変更される場合があります。
傍聴などの問い合わせは堺市議会事務局議事調査課(228―7812)まで
二〇二五年十月、米国防総省は新たな報道規制を提示しました。ヘグセス国防長官が「機密情報だけでなく、一部の非機密情報も許可なしには報じてはならない」という内容を含む草案を示して、記者に署名を求めたのです。
これに対し新聞大手とFOXテレビというトランプ大統領を応援するテレビも含めたメディア各社は、一斉に署名を拒否しました。その上ペンタゴン常駐記者達は、全員が記者証を返還したのです。アメリカは今「言論の自由」が大きく揺らいでいます。
「言論の自由」は、単なるメディアの報道権ではなく、国家の誤りを正す「民主主義の呼吸」ともいうべき存在です。米政府が報道を止めようとした「ペンタゴン・ペーパーズ事件」では、最高裁はこれを退けました。判決は「国家が報道内容を選んだり、都合の悪い情報を隠したりすることは許されない」と明確に示しました。
今回の規制は、このような「法の精神」を逆行させるものです。最近の米軍は、報道と緊張関係を保ちながらも「説明責任は果たさなければならない」として、軍事秘密と「報道の自由」のバランスをとってきました。
イラク戦争時の「エンベッド制度」がその象徴です。記者を戦場に同行させ現場を可視化した仕組みは、国民に戦争の実態を伝える貴重な手段でした。報道機関を統制するのではなく、相互信頼に基づいた成熟した関係を築いてきたのです。今回の規制は、そのバランスを単純な「許可制」に置き換えてしまったため、せっかく築き上げてきた「信頼関係」が水泡に帰そうとしています。
一方、日本では明文化された報道規制はありませんが、「記者クラブ制度」やメディアが各政党に派遣している「番記者制度」が事実上情報のアクセスを管理しています。その結果、既存メディアが政府と一体化し、「独立した事実の検証」よりも「迎合的報道」の垂れ流しに終始してしまっています。
米大統領選挙や自民党総裁選挙では、誤報に近い報道が連日テレビ・新聞で流され、日本国民の判断を誤らせてしまいました。これは「法による統制」よりも深刻な「言論の自壊」と言わざるを得ません。
「言論の自由」は国家を弱めるものではなく、「誤りを修正し続ける力」なのです。アメリカのメディアが自由の限界をめぐって闘っているのに対し、日本の既存メディアは、自ら進んで「静かに」自由を放棄しつつあるのです。