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世界中に表現力なテノールを聞かせる(前回からの続き)ヴェルディ国立音楽院では劇場歌手養成コースに在籍してオペラを学び、身元引受をして頂いた先生の元では発声を中心としたオペラと、その基本となるイタリアの声、輝かしい高音を重点的に学んだ。それは日本で学んだ全てを否定するものとなった。
私は本物の声と高音を身に付けたい一心から学べば学ぶほど地獄に落ちた。それを見かねたイタリア人歌手が他のテノールの先生を、私は発声の在り方の異なった二人のマエストロから、二人の良いところを学び吸収してと懸命だった。だが二人のマエストロのもとで学ぶことから今日はA方式、明日はB方式、次はA方式と、自分の声の在り方を日によって変えなければならなかった現実に気づき「二兎を追うものは」、結局、最初のマエストロのもとに帰り「一つの道と一つの方法で」苦節の末、地獄から一筋の光を見つけた。
私たちのアパートの近くに、ヴェルディの遺産で造った音楽家のための養老院「カーザ・ヴェルディ」があった。毎月末に開催されるオペラコンサートで、ある日養老院在住の80歳前後と思える老テノール歌手が、よたよたと舞台に登場して、オペラのアリアを胸を張って高らかに高音を歌い切った。
当時の日本のオペラ界は、加齢に比例して高音が歌えなくなって早々に引退して教師となることが一般的だった。この驚きの事実から「声の老化を防ぐ発声は高音にあり」と、オペラ歌手である限り、高音は生涯学び進化させ続けなければならない永遠の課題と確信した。(次回に続く)
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田中公道氏は近畿大田市人会前会長として、長年にわたる郷土の発展への功績に対し賞を受け、10月4日、島根県大田市合併20周年記念式典・表彰式の中で表彰状が贈られた。これにより同氏の日本・海外での公式表彰は99回目となる。=写真下=
田中公道・テノール
(Kohdo Tanaka)
2024年 世界を駆ける87歳のオペラ歌手テノールリサイタルを帝国ホテル大阪や米子市公会堂など12都市で40回開催後8月から23回目の南米公演ツアー開催。
中国全土の主要大学を延べ70大学、16芸術団で1,247人の教師と学生の声楽指導で22大学から名誉教授、客座教授の聘書を受ける。
中日文化交流国際賞、邯鄲市文化大使、ブラジル/カルロス・ゴメス・メダル章、カンピーナス市議会・文化功労賞、サンパウロ州立法議会・文化章、ブラジル―日本移民110周年・笠戸丸章、石見銀山文化賞、外務大臣表彰など99回の受賞歴。
海外イヴェント1,095回、内外で約2,650回の公演数を重ねる。
「音楽の秋」
魅惑のテノールを楽しむ
田中公道出演スケジュール
11月3日 第39回子どものための赤坂台音楽会
堺市立赤坂台小学校体育館(堺市南区)入場無料
11月6日 島根県大田市小中学校連合音楽会(ゲスト出演)
大田市民会館大ホール(大田市)
11月8日 卒寿テノールリサイタル・リハーサル
日野原重明・小田記念ホール(米子市)

11月19日 堺市南区老人クラブ連合会「南区演芸大会」
ファインプラザ大阪(堺市)入場無料
11月23日 RION 10周年記念ディナーショー「ゲスト出演」
びわ湖大津館(滋賀県大津市)要会費
11月24日 白ひげ音楽会「ゲスト出演」
栗東芸術文化会館さきら・中ホール(栗東市)入場無料
11月25日 第202回CS元気活力塾「金岡重雄会長米寿感謝会・露の五郎襲名祝賀会」~「私の独唱」
ホテルアウイーナ大阪(大阪市天王寺区)要会費

ボケない習慣
―今日も笑って脳を元気に―
近頃、物忘れが増えていませんか。
「今日は何日だったかな?」「あの人の名前が出てこない」「同じものをまた買ってしまった」――そんな経験がある人も多いはずです。
「ボケ」とは、認知症になる一歩手前の状態。かつて「ボケたな」と笑って済ませた頃が花だった、という時代もありました。現在では、65歳以上の3人に1人が認知症か軽度認知障害(MCI)といわれています。
脳に起きる異変
認知症とは、脳の神経細胞に異変が生じ、日常生活に支障が出る状態を指します。原因の一つに、アミロイドβや歯周病菌が神経細胞に悪影響を与えることが知られています。生活習慣病、糖尿病、運動不足、外傷性脳損傷、うつ病なども発症要因。中でもアルツハイマー型が全体の6割以上を占めます。
病院では「物忘れ外来」や神経内科、精神科などで診てもらえますが、決定的な治療法はまだ確立していません。大切なのは、自分の脳を自分で守るという意識です。
ボケないための4つの習慣
① 自律神経を整える
深呼吸をして背筋を伸ばす。ゆったりと過ごす時間を意識的に持ちましょう。肛門を軽く締め、「あー、いー、うー、べー」と大きな口で発声するのも効果的。1日3回を目安に。
② 歩幅65センチを意識して歩く
歩幅が狭い人ほど認知症リスクが高いという報告もあります。横断歩道の白線は約45センチ、少し広めの65センチを目安に。まっすぐ歩き、腕を後ろに大きく振ることで腰の回転が促され、自然に足が前に出ます。
③ スクワット運動
椅子や壁に手を添え、両足を肩幅に開いて腰を落とすスクワットを1日10回。太ももを鍛えることで血流が改善し、脳の活性化にもつながります。
④ ツボ押しで脳を刺激
東洋医学の「三焦鍼法」を応用したツボ刺激法。手の甲で、手首から指3本分ほど肘に向かった位置(=三焦)を、反対の手の親指の腹で押します。やや痛気持ちいい程度の強さで、5秒ずつ左右を3回。脳の血流促進、疲労回復、頭痛緩和などに効果があります。
今日も笑って若返る
「今日も元気だ、一回笑うと一日若くなる」。
笑いヨガのすすめでもあるように、笑いは脳の最高の栄養です。笑いすぎて若返りすぎないように「ホホハハハ、ホホハハハ」
文・小野田 隆 岡山県瀬戸内市出身。広島大学卒。ケアマネジャー、空手二段。元近畿大学社会学講師。現在ラフターヨガを普及中。
先月号に「堺バルーン運行」と。上野芝町在住の人から「空に大きなバルーンが浮かんでいます」と、メールの写真で知らされた。前方後円墳の美しい仁徳天皇陵古墳の全貌を間近で見たい。やっとチャンスが来た。と、でも万博もそうでしたが予約する事。時代についていけなくて、スマホで予約が出来ません。と云うより、する気がありません。時代の流れが早過ぎてついていけない人なのです。万博も娘の世話で2回、万博協会の招待で1回行き、特別な経験をさせてもらったので満足の万博でした。今回は、バルーンを描こう! 10月半ばの、曇り空の日、雨が降りそうなので、昇らなくてもいいかと出かけました。着いた時は、下方に有り、やっぱりと思いつつ描いていると、ゆっくり上がり始め、予想以上の大きさ。見ているだけで幸せな気持ち? 想像以上の大きさと大きな球体が、そういう気持ちにさせるのでしょうか。少し秋めいた木々と、池に映る緑。久々のスケッチは嬉しく描けました。急に秋めいて、長かった夏が終わり、忘れていた風の涼しさが本当に嬉しい。
筆者は本年10月10日、大東亜戦争終結80年にあたり天皇陛下より幣帛料を賜った愛媛縣護國神社(松山市)の臨時大祭並に秋季慰霊大祭に参列し、代表玉串奉奠させていただいた。額田照彦宮司が斎主、三輪田泰生愛媛県神社庁長(和霊神社宮司)が献幣使を務め、崇敬者・遺族・地元選出議員ら三〇〇名余りが参列した。
愛媛縣護國神社は、明治32年(1899)県内有志188名の発起人により、私祭招魂社として、現在の松山市内で郷土出身戦没者484柱(戊辰の役13柱・西南の役70柱・竹橋事件1柱・台湾守備48柱・日清戦争352柱)を奉斎したのを起源とする。大正2年(1913)市内新立町の多賀神社境内へ愛媛招魂社として移設を経て、昭和14年(1939)内務省告示により内務大臣指定護国神社となって現在地に遷座。愛媛縣護國神社と改称された。大東亜戦争末期、昭和20年7月の空襲により境内のほとんどを消失したが、昭和26年復興奉賛会が設立され、4年後に現在の社殿が竣工した。
この間、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領下では「御幸
神社」と称していたが、昭和27年占領終了と共に復称した。これは戦勝国の意向で公的な戦没者慰霊が禁じられたことによるもので、同様に四国内では香川縣護國神社が「讃岐宮」、高知県護國神社が「大島岬神社」と一時的に改称されている。
愛媛縣護國神社の特徴のひとつが、他の護国神社と同じく戊辰の役(戊辰戦争)から大東亜戦争までの殉難者・戦没者が祀られていることに加え、公務殉職者、さらにそれ以外に愛媛県の産業文化発展の功労者が祭神となっていることである。現在の49728柱の中には、松山城を建てて松山の発展の礎を築いた加藤嘉明、当地出身で我が国の文化振興に貢献した正岡子規などもいる。
護国神社に、そうした方々を祀るのは何故?と思う向きもあるかもしれない。だが筆者は、殉難者・戦没者の慰霊顕彰と、歴史上の偉人に対する顕彰というものは本来同一ベクトル上にあり、なおかつ「顕彰」こそより重要なのだと考える次第である。